桜井章一をモデルにした麻雀漫画「ショーイチ」

SHOICHI
「SHOICHI(ショーイチ)」をお勧めします。

麻雀とはスポーツであると同時に悪い意味で博打であることには今も昔も変わりは無い。一方ではスポーツ麻雀などといい、何も知らない女性をターゲットにしてノンレート麻雀のスクールなども開かれている。

これはこれで、麻雀を普及することに変わりは無く、良いことである。逆に、麻雀が博打であることにのめりこみ生涯の身を滅ぼしてしまった人間も多数いることも事実である。

時代が平成となった現代、麻雀普及率は以前と比べて劇的に下降の一途にあることはいうまでもない。ということは、博打麻雀が全盛を極めた昭和の時代が最も博打麻雀の被害が大きかった時代といって差し支えないと思われる。

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一斉を風靡した麻雀放浪記

博打麻雀

2の2の天和、便天、元禄。かの阿佐田哲也氏が駆使したいわゆるイカサマ戦法は昭和のはじめころに最初の全盛を迎える。

そして、それから数十年を経て新たな博打麻雀の世界が密かに裏で遂行することになる。それが「SHOICHI」のモデルとなる桜井章一である。

桜井章一は裏プロの世界で20年間無敗を成し遂げた男の物語である。ここで裏プロについて説明せねばなるまい。裏プロがいればもちろん、表プロも存在する。

表プロ・裏プロ

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表プロというのはいわゆる競技麻雀のプロで正式にライセンスを取得したプロのことを言う。主には雀荘を開いて生計を立てる、麻雀雑誌に記事を投稿し生計を立てる、そのような生計で生活を行っている者のことである。それに対して裏プロは種類あれど、代打ちを勤めるプロのことである。

参考までに「悪い裏プロ」となると素人をあからさまな裏技で陥れ、金を稼ぎまくるものをいう。いわゆる「雀熊」である。これが一番性質が悪い。それに反して、桜井章一ら代打ちを勤める裏プロというのは、政治や莫大な金のかかった「場」に、その人の代わりとして麻雀を打つ人のことを指す。

その「場」の大きさは果てしないものであり、代打ちが負ければ腕を切られても、指を落とされても、果ては命を落とされても文句は言えない世界なのである。そのような代打ち世界の中で20年間も勝利し続けた人間の思考・技巧は信じられないものがある。「SHOICHI」はそんな桜井章一の20年間の世界を漫画にしたものである。

平成のご安泰の現在はどこの雀荘でも全自動卓が配置され、いわゆる「積み込み技」によるイカサマは壊滅的な状態となった。しかし当時は麻雀は積み込み式(全自動卓でない)であり、よって、どんなイカサマ技でも仕掛けられる状態にあった。

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知らねば負ける(イコール死)

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要は「知らねば負ける(イコール死)」のである。桜井章一はそれをみずからの勘で知った。麻雀はポンやチーなどの鳴きが入らない限り「決まった」山から牌を取ってくる。

それならそこに、自分のほしい牌だけを置いておいたら良いではないか。そしてその為にはサイの目を自由に出せれば…、他人の山から取るのなら自分の山にほしい牌を仕掛けておき、それを掠め取ったらよいではないか…、そんな思考がぐるぐると桜井章一の頭に巡って来る。

次から次へと桜井章一の頭の中にはイカサマの手口が巡ってくる。そしてそれを練習する。そこで一つ言っておこう。イカサマ麻雀というのは、やるのはかまわない・・・但し、それは見破られて際に表に出なければ良いのである。

しかし、手の内をばらされてそれがイカサマだったとバレた日には、それは命に関わる問題となる。指が飛ぶのは当たり前の世界なのだ。そこを見破れないようにするにはとにかく練習するしかないのだ。練習すれば相手が何を狙っているのかがすべて分かるのである。

そして、それに対抗する「技」も身につくのである。桜井章一は大学生のときにこの、イカサマをすべてマスターして代打ち稼業に関わっている。その技量たるや、やはり只者ではないのである。

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そして、次第に「ジュク(新宿)の桜井」という名前が一人歩きをはじめ本格的な裏家業に手を染めていくことになるのである。そこからの快進撃は言うまでもない。

本作品「SHOICHI」は大学時代から裏プロとしての手を洗うまでの半生を描いた作品である。

裏プロの足を洗った現在、桜井章一は「牌の音」という雀荘を営み、合わせて、桜井章一の麻雀の本流となる「雀鬼流」を世間に広めている。激動の時代を裏の世界で生き抜いた桜井章一のような雀士は二度と現れないだろう。

後世にまで桜井章一の麻雀を残すためにも、本作は永遠に語り継がれなければならないだろう。

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